【ビーコルだけど】お隣のよしみで川崎市歌を歌ってみたい【川崎開幕戦】


明日はもう川崎ブレイブサンダース戦!川崎も横浜も開幕節は連敗だったので中地区5位vs6位の戦い!ビーコルは中地区最下位なんだよね。でも今年のビーコルのテーマは「サプライズ」とか「逆転のビーコル」とかだったはずなので、最終的に優勝するためにはやっぱ一度でも「最下位」になっておかないとね。

で明日からの対戦相手である川崎(正式なチーム名は東芝川崎ブレイブサンダース)ですが、昨年のNBLチャンピオンですよ。強いよー。ま、川崎市は横浜市のお隣だし、同じ神奈川県のチーム。両チームがBリーグを牽引するようなクラブになって、いつか神奈川対決が日本一注目を集めるプロバスケの試合になったらいいなぁ、と一神奈川県民としては思います。
※と言っても「神奈川県民」を強く意識したことないけどね。で、「神奈川ダービー」なんて言い方もあるようですが、「ダービー」って強い帰属意識があるコミュニティの中で、それを二分するような戦いがダービーな感じ。小学校の運動会みたいな、同じクラスだけど赤組と白組に分かれて戦うぜ!みたいなのがダービーな感じ。なので「神奈川ダービー」なんて表現するメディアを見ると「安易な言葉に逃げてるなぁ」と思う。見どころはそこじゃない。

で、こっちに住んでない人から見れば「神奈川対決!すげぇ盛り上がりそう!」と思う方もいるかもしれないけど、一般的な横浜市民や川崎市民はお互いの市を何も意識してないと思います。横須賀市民が海老名市民のことを何も意識してないのと同じ(よりは意識してるかな…)。でも、川崎市民の武蔵小杉マダムと横浜市民のセンター南マダムではライバル心があるかもしれないな。ま、全般的に都会人らしい無関心というか。地域性の話には興味がない的な。ライバルでもないけど、仲間でもないみたいな感じかと。

川崎市歌を知っていますか?

で、川崎ブレイブサンダースのホームゲーム開催情報を見ていたら気になることが。

「川崎市歌斉唱(洗足学園音楽大学ミュージカルコースの皆さんによる川崎市歌(1番)の斉唱」があるみたい。えっ?川崎市歌?それって横浜市歌にケンカ売ってるの?横浜ディスってるの?市歌で横浜に勝とうと思ってるの?ってなワケないんだろうけど、とにかく川崎市歌が気になる。ので調べてみた。


横浜市歌は作詞:森林太郎(森鴎外ね)、作曲:南能衛。1909年(明治42年)7月1日に行われた「開港五十年記念大祝賀会式典」て初披露。以来、約110年にわたり横浜市民に愛されている「これぞ市歌」です。

・横浜市歌

http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/gakusyu/sika/

一方の川崎市歌ですが、作詞:小林俊三(一般公募)、作曲:高階哲夫。1934年(昭和9年)、市政10周年を記念して制作されました。で、昭和44年に歌詞の一部を改訂、さらに市政80周年の平成16年に歌詞を一部改訂。でもね、市民の認知度はいまいちっぽい。川崎市民の歌の方が有名みたい。塾歌より若き血の方が有名的な感じでしょうか。

・川崎市歌(川崎市)→ 詳細はこちらから


現在の歌詞は上記リンク先の川崎市Webサイトに載ってるんだけど、気になって初期の歌詞を調べてみたのよ。そしたら味わい深いのよ。改訂後よりよっぽど素晴らしい。ので皆さんにもぜひ味わって欲しいから以下掲載。

1)
見よ東に寄する暁潮 富士の姿を真澄に仰ぎ
赫く雲を彩る多摩川 響き渡るサイレン
今ぞ明け行く我が川崎市
2)
東海道の俤いずこ 左右に展ぶる大都の翼
高らかに打つ文化の脈搏 科学に樹つ栄光
勢へ努めて若き生命を
3)
巨船繋ぐ埠頭の影は 太平洋に続く波の穂
黒く沸き立つ煙の焔は 空に記す日本
翳せ我等が強き理想を
4)
大師に消えぬ御法の燈火 あがめて興る工業都市は
汗と力に世界の資源を 集め築く基礎
今ぞ輝く大川崎市

歌詞の改訂について、川崎市のWebサイトによれば「昭和44年に歌詞の一部を時代に合わせて、改訂しましたが、改定後の歌詞についても、本市の現状に合わなくなっている部分があり、市民の皆さんにより親しまれ、歌い継がれていくようにしていきたいとの思いから、市制80周年である平成16年に歌詞を一部改訂しました。」とのことなんだけど、うーん。まぁ気持ちは分かる。そういえば東芝バスケ部が時代に合わせてころころ名前を変えているのも、ある意味カワサキ的なのかもしれません。

一昔前の川崎といえば「工業地帯」のイメージ(教科書的には)。で、川崎に限らず高度経済成長時には日本各地で公害問題がありましたよね。今さ、豊洲の土壌汚染問題がニュースになっているけど、そんなのが比にならないような規模で、経済成長と引き換えに人と地球に優しくない時代があった。

「黒く沸き立つ煙」なんて表現は確かに今の時代にそぐわない。そりゃ川崎市がイメチェンを図って、市歌自体も変えちゃうのも分かります。そういや最近川崎のブランドメッセージも策定されましたね。

川崎駅周辺もキレイになったし、武蔵小杉は高層マンションだらけだし、南武線沿いも(かつて工場だった跡地なんかに)マンション建ちまくりだし、かつての工場の街から人と暮らしの街に変わってるイメージ。そんなこんなで、音楽だったりスポーツだったり文化的な活動に関しては、力を絶対に入れてくれる街。それが今の川崎(のイメージ)。

えーと、とにかくさ、川崎市歌からも分かるように、戦前も戦後も、日本経済発展の一翼を担ったのが川崎(というか京浜工業地帯というか)。日本有数の工業都市だったのよ。みんなが大好き南武線だってさ、そもそも多摩川で採取した砂利の運搬が目的だったわけよ。朝の始業時には工場でサイレンが鳴るわけよ。で、色んな会社があって、色んな工場・事業所があって、会社が大きくなれば福利厚生の一環でバスケ部作ったりもして、それが日本のバスケを支えていたわけよ。東芝だったり日本鋼管だったりね。


何の話だっけ。川崎市歌は昭和9年版の方が趣があって情景が浮かんで好きだ、って話です(※【歴史】横浜と沖縄を結ぶ物語ー鶴見沖縄ストリートの記事も読んでいただくと、京浜工業地帯の時代背景的なことがが分かるので読んでない方はぜひご一読を)。

歴史は大切。そして時代は変わる。それも歴史となるわけです。Bリーグが開幕して「バスケに新時代到来」なんだけど、ってことは「バスケ旧時代」もあったんだよね。リーグの統一問題やバスケ協会のごたごたはさておいて、今はスポットライトを浴びてないけど、かつての「バスケ旧時代」を一生懸命に支えた人、ひたすらにバスケを愛した人が沢山いたんだよね。過去があるから今がある。熱い今を過ごしていれば、きっと熱い未来も来るだろう。だから、ビーコルブースターの皆さんはAwayだけどとどろきアリーナに行って熱く熱くごーびーこーしましょうね。でもまわりの川崎市民が歌えないのに、朗らかに川崎市歌を歌いあげて、気が付いたら川崎ブースターになってるってのはナシの方向でね。

shika

なんかよく分からない話になったけど、鹿って可愛いよね。

サイト内関連リンク

【歴史】横浜と沖縄を結ぶ物語ー鶴見沖縄ストリート

【神奈川県】ビーコルホーム会場を聞き比べる【市歌満載】


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